2017年10月17日火曜日

9月に読んだ本

9月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:698
ナイス数:19

イケズの構造 (新潮文庫)イケズの構造 (新潮文庫)感想
面白いなぁ、京都人の言語感覚。京言葉の3段論法(?)注意→イケズ→いらんこと、の塩梅が分かるようになるとそうとう面白そうだと思うけど、所詮、我も「よそさん」なんで、京都に入ればただの生け贄か?でも、日常的に歯が浮く会話より、毒交じりの会話が出来る人の方が楽しいよね。京都の人に限らずですが。それはそれとし、ひさうちみちお先生がお元気そうで、嬉しい限り。
読了日:09月26日 著者:入江 敦彦

夜長姫と耳男夜長姫と耳男感想
野田版歌舞伎「桜の森の満開の下」の影響で、原作関連の読書をしていましたが、この作品を一等先に読むべきでした。先日、残夏の小学校の校庭に大きな蜘蛛の巣が張っていて、思わずプチプチと糸を切って慌てる蜘蛛の様子を観察してしまい(夜長姫みたいだな)と思いました。高楼の上から、人々が大量に苦しみ死んでいく様子を眺め「キリキリ舞いをしているわ」と輝きの表情を浮かべ喜ぶ姫の本性は…で、「桜の森_」の鬼女房と合体というのがお芝居の構成だったけれど、原作の夜長姫はずっと怖い。神(?)…ということは、耳男は神殺しなのか…?
読了日:09月15日 著者:坂口安吾

夜長姫と耳男 (ビッグコミックススペシャル)夜長姫と耳男 (ビッグコミックススペシャル)感想
坂口安吾シリーズの第一作目。恐ろしきは姫の笑顔…。
読了日:09月10日 著者:近藤 ようこ


桜の森の満開の下 (ビッグコミックススペシャル)桜の森の満開の下 (ビッグコミックススペシャル)感想
けっこう原作のままでした。原作の深い闇に足を取られるような、何とも言えない恐ろしさ、怖いと分かっているのに操られていく自身の虚無感とか、説明しがたいもろもろがやや平板になってしまったようで残念。
読了日:09月03日 著者:近藤 ようこ

読書メーター

2017年10月15日日曜日

松永忠五郎喜寿記念・松永忠三郎襲名記念演奏会_2017年9月30日

泣いても笑って本番はやってくるってことで、翌日(9月30日)はいよいよ松永忠五郎喜寿記念・松永忠三郎襲名記念演奏会でありました。

国立劇場小劇場での演奏会は、家元の古稀記念鉄九郎師匠師籍30周年記念、につづいて3回目となります。家元、直矢さん、誠におめでとうございます。

我一門『太鼓の曲』の出演時間は、早め5番目の11時40分。緊張している余裕すらありません。
いろいろご挨拶などして、楽屋入り。朝、着物を着付けるのに予定外に時間がかかってしまい、本当はホテルで昨日不安だったところをお浚いしていきたかったけど、それができなかったので、楽屋でちょっと確認と思っていたら、舞台近くの楽屋なのであんまり音を出しちゃいけないよと注意されて、調弦もままならないまま、あれよあれよという間に順番がやってきて、追い立てられるように回り舞台の裏面にスタンバイ。

三味線はどなたかがまとめて調弦して持って来てくださったのですが、ふとみると糸が棹からずれている… ( Д) ゚ ゚
後見さんに「あのう、これ押さえられないので駒をズラしていいですか?」と声を掛けると、
「え、ズラしたら音変わりますよ。」(←知っとるわ、だから聞いてるんですわ!)…と言いつつ、時間を気にしながら奥の方に三味線を持って行って直してくださいました。
(ひぃー、セーフ)
いろいろ心許なくなっていたら、先ほどの後見の方が、「大丈夫ですから、いつも通りに落ち着いて。ちゃんと出来ますから。」と声を掛けてくださり、少し緊張の波が引いてゆきました。
(ありがたや…というか、暗示にかかりやすいオレ…。)

しかし!
…お隣では、我が師匠が「あら、これ調子合ってないわねぇ…」とか言いつつ、びょんびょん鳴らしながら糸巻き回しそうになり、「(小声で)先生!変えたらだめです!先生が変えるとみんな変えなければならなくなります!表に響くので、音も出したらだめだそうです!」って、なんでオレが先生にストップ掛けてんの?こんなんで大丈夫なの???

と、ドタバタやっているうちに、舞台が回って本番。
いつものことながら“舞台に立つと三層倍増しの先生のオーラ”に炙られながら演奏開始。

弾き始めてみると、うーん何となくいつもと調子が違ってる…、とにかく先生の調子に合わせて弾いていこうと耳を澄ますと、んんっ?全体のテンポがなにやら不穏で違和感が…、でも舞台が広くて、どこで何が起きているのか分からない…、どうしたらいいの???(心臓はバクバク・バクバク)隣の先生に合わせてとにかく手を動かしていくうちに、太鼓のテレツクが入ったので、呼吸を整え落ち着きました。
そこから先はテンポも回復して、実は個人的には怪しいところはあったけれど、夢中で演奏。なんとか岸についたと思っていたら(!)なんと、最後の最後、ドッテン、ドッテン、ドテ、ドテ…の決まるところで先生の糸がバチンと切れた!(って、いうか演奏が終わって気がついたら切れた糸が目に入りました)。最後の最後で良かった〜、先生の独奏部じゃなくて良かった〜。
(最初の乱れの原因は、あとで分かりました。)

舞台ってドラマチックじゃ。

それにしても『太鼓の曲』は、虫六が入門したばっかりのころに、10年選手の姉弟子の皆さんがお稽古していた曲で、なんて難しいのを弾いているんだ!と仰天した曲でした。その曲を、入門10年の自分が国立の舞台で演奏させていただけるとは、続けてみるもんですね…。(遠い目)

早めの順番で、朝から国立までお運びくださった皆さまに感謝。遠くからきてくださったり、差し入れいただいたり、本当にありがとうございました。


いやはや、舞台には魔物が棲んでいるといいますが、こんな舞台裏の言い訳めいた話も素人だから勘弁していただき、吐露してしまいましたが、プロの舞台人はどんな状況でも表舞台に言い訳はなさらないわけで、本当に凄いと思います。
先日の4代目猿之助さんが新橋演舞場『ワンピース』のカーテンコールの際にすっぽんの機械に巻き込まれて大けがをなさった時も、観客の方々は気がつかないまま会場を出られたとか。ご本人ばかりでなく、舞台裏も共演のみなさんもパニック状態でないわけないのに、それを表にださない徹底ぶり、凄すぎです。

(それにしても猿之助さんの全癒を心より祈念します。焦らず、元通りの身体を取り戻してください。待てます、待ってます!)

さて、後半は、プレッシャーから解放されて松永会の皆さまの演奏を堪能。

大曲をお一人で掛ける方やけっこう若いのに上手な方とか、感心するやら、緊張感も伝わってくるやらで、いろいろ勉強になりました。そして、どんな状況でも、きちんとフォローして1曲の演奏としての完成度を支える、家元はもとより助演の黒紋付きの師匠方…プロい。
しかもね、夕べの下浚いは深夜に及んだとか…、体力も半端ないですよね。

人前で演奏することを目標に、お稽古は組み立てられるわけですが、この10年、お三味線を触るようになり、大小のお浚い会で演奏の経験もさせていただきました。そのような本番の経験が、個人的に自分にどんな成長をもたらしたのかなと考えて、思うことは、音楽的な感性が研ぎ澄まされたとか、技術的な上達というよりも、極度の緊張状態のなかで何かトラブル(自己要因も他要因も含めて)が起きたときに、失敗を即時に受け入れて、そこから演奏のなかで「立て直す」力ではないかとしみじみ思います。もちろん、その力量(精神力・技量)は日頃のお稽古で身についていくものでしかないわけですが。

厳しい修行の末に演奏家になりそれを生業にしている舞台人の皆さんとは、違うレベルで、日々別の仕事で飯を食い、そのなかで決して安くない経費を投じて立つ、素人三味線弾きの舞台というものがあったりします。自己満足といってしまえばそれまでですが、この日演奏くださった皆々さまのドキドキに共振しつつ、そんなことを思うのでした。そして、やっぱりもっと上手になりたいなと、改めて思いました。


さて、家元の会にはいつも「たぬき会」という歌舞伎俳優の皆さまによる演目がございます。家元から我々に対するご褒美と受け止めておりますが、これがとんだご馳走でありまして、今回は
 演目は『供奴』
 唄方:菊五郎、松禄、菊之助、團蔵、左団次
 三味線:仁左衛門、萬次郎、竹松、忠三郎(秀調さんの代演)、松太郎
 囃子:笛/福原徹、小鼓/亀蔵、彦三郎、楽善、大鼓/壱太郎、太鼓/権十郎

という面々が、お稽古中の歌舞伎座や国立大劇場から駆けつけてくださいました。家元の竹馬の友の左団次さんはのっけからいたずらモードだし、唄方・お囃子のみなさんのリラックスした様子と対照的に、まじめに演奏なさる仁左衛門さん率いる三味線チーム。(仁左衛門さんの真剣な表情に萌え(*゚ー゚*)てしまったご婦人数知れず…)明日・明後日から新作や通し狂言を抱えているという最中に、余技の舞台に立ってしまうポテンシャル。ただ感心するのみ。立て三味線の演奏をしっかり支えていたのは大鼓の壱太郎さんでした。

壱太郎さんは、名古屋での公演の間を縫って新幹線で往復しての韋駄天ご出演で、たぬき会の演奏とは別に、ご自身で『船弁慶』を1本掛けていらして、これまた仰天でございました。
…ほんと凄いんだよ、壱太郎さんは。玉三郎さんの『阿古屋』継げるとしたら、彼しか思い当たらんね。

2017年10月9日月曜日

松永忠五郎喜寿記念・松永忠三郎襲名記念演奏会_下浚い会

ブログでは沈黙していましたが…、
9月30日(土)は、松永会の家元・松永忠五郎師匠の喜寿記念と、そのご子息直矢さんが4代目松永忠三郎を襲名する記念の演奏会が、国立劇場小劇場で開催されました。

本番の前日(29日)、その下浚い会(リハーサルみたいなやつ)が、四谷近くの某所であるというので、忠美恵一門は、前乗りで国立劇場の隣のホテルに滞在しておりました。

眼下に眺める皇居のお堀。雲が映っていて綺麗です。
お天気が良くて良かった。

順番では1時〜3時ごろということで、少し早めに会場に入ったのですが、すでにはじまっておりまして、場内緊張感に包まれております。

東京では折々に演奏会もあるということですが、我らはこんな大きな演奏会は滅多にない経験なので、下浚い会も当事者と言うよりも珍しいものをみる心持ち。本番の日には黒紋付きで舞台にあがったり裏方を務められる名取の師匠さんたちが、それぞれお好みの着物をお召しになり妍を競っておられます。
演奏そっちのけで目の保養(笑)
下浚いの時は、紬もありなんですねー。

本当は、我らも下浚いも着物…ということだったので、季節柄、単衣か袷か、2枚(下浚いと本番)か、長襦袢は…と、錯綜することがあったのですが、先生のまさかのご英断により家元直談判で下浚いは洋服で!ということになり、荷物が半分になりました( ̄ω ̄;)
まぁ、そんな心配より演奏に集中しろってことでしょうか…汗

キビキビ立ち回っている黒服集団がいるな(!)と思ったら、お三味線屋の三雅のスタッフさんでした。カッコいいー。

粛々と順番に演奏していきますが、基本的に合わせるのは1回切り。やり直しとかやらせてもらえません。一門の中ではそれぞれお稽古はして来ている分けなんですが、本番ではプロの方々に助演をしていただきます。はじめて顔をあわせるような場合もあるわけで、長唄は長いので曲の一部を抜いたり、テンポや調子なども、このたった1回こっきりの下浚いで確認して合わせ、本番に掛けるのです。恐ろしや〜、玄人集団。

我ら忠美恵会は『太鼓の曲』(杵屋正邦作曲 1946年)という器楽曲を選曲したので、唄の要素はありませんが、三味線に鉄九郎師匠と忠三郎師匠が入ってくださることになっており、囃子方に1人太鼓をお願いしております。太鼓ははじめてお会いした梅屋巴師匠。(よろしくお願いします。)
ご挨拶もそこそこに、いきなり演奏。お囃子にあわせた演奏をするのもはじめてな上に、目の前にお家元がいて緊張して、手を間違えたりもしましたが、全体的には気持ち良く…。太鼓が入ると演奏しやすい(!)という感触をもって、下浚い終了。
あっという間でしたー。
3時には終わると思っていたのですが、もう5時頃になってました。押してますー。

いつもお世話になっている圭江先生のご一門のお浚いを拝見して、さあ片付けて帰ろうと、正座していた膝を立てたら、ここで悲劇が…。

がーん、ワンピースの裾を踏んづけてボタンのところから鉤裂きが…∑(゚∇゚|||)
このショックを明日に引きずりませんように…(T_T)

会場を出たら、すっかり暗くなっていて、ホテルに戻ったら6時を回っていました。
明日は落ち着いていこう!

タクシー待ちしてた四谷駅近くで国立劇場のポスター発見!
明日は、この方のお三味線も聴けます(=´Д`=) でへへ。

2017年9月20日水曜日

夏休みレポート②_三島まで虫六子とうなぎ旅

夏休み、終わってしまいましたが、レポート①があるのに②がないのはどおよ?で、遅ればせながら、後半。

虫六子の帰省にあわせて数日間滞在するにうちに、文楽とか歌舞伎とかの予定を織り交ぜながら、彼女(アルバイトやご学友との遊び計画で忙しい)と1日予定をあわせ、今回の上京の最大目的である、IZU PHOTO MUSEUMで開催中の展覧会「テリ・ワイフェンバック|The May Sun」を、三島まで見に行きました。

なにしろ青春18切符を使って遊ぼうというケチケチ旅ですので、早起きして、快速列車を乗り継いで行くのです。でも東京からは快速のグリーン席を利用したので、特急列車に乗るような快適性。虫六子も旅気分でウキウキ。はじめて行く「三島」…どんな町でしょう?

我ら親子をウキウキさせていたもの。それは、三島の名物が「鰻(うなぎ)」という情報。旅情報誌に載っていた名店では、早めにいかないと品切れゴメンということだったので、まずは鰻で腹ごしらえをして写真展を見に行こうということにして、三島に着くなり、三島〜修善寺を結ぶ伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り、最寄りの三島広小路で下車。

雑誌がすすめていた「うなぎ桜家」さんに向かいました。安政3年の創業。富士山の雪どけ水がしみこんで三島の地下水となり、その湧き水で、仕入れた鰻を1週間しめるというこだわり。富士を喰らうぞ!うおー!

が、開店の30分以上も前に着いたのに、すでにお店の前には人だかりが…。( ̄◆ ̄;)
予約表が置いてあったので急いで記入。
虫六「おおぉー、17番か…まぁまぁだね…。」
虫六子「虫六、なにみてる、この用紙19枚目だよ!」
虫六「ええええええぇぇぇ Σ(゚□゚(゚□゚*) 」

驚いている間にも、人は続々やってきて、「11時に電話で予約した○○ですけど…」とか案内のおじさんに声を掛けていたりして。
虫六(うひゃー、電話予約もありだったのか…、ってことはこの予約表に記入されている他にも入店予定の人たちがいるってことなのか)…と、計測不能状態に。

虫六「あのー、すみません。いま、リストのこの辺なんですけど、どのくらい待てば入店できますか?」
案内のおじさん「うーん、中のことはこちらでは分からないんでね、とにかく順番がきたらお呼びしますから、店の近くにいてください」

はたと振り返ると、お店の脇んちょが公園みたいになっていて、そこにまた開店を待つ人の群れが…。(あんりゃぁ〜( ´;ω;`))

とりあえず、公園の周辺など散歩しながら待つことに。富士山の伏流水、きれいです。

駿豆線って「踊り子」が乗り入れているんですね。タイミング良く通過したので(!)1枚いただきました。

そんなこんなで開店時間になっても、待機している人が減った感じがあんまりしないまま、店前に戻ってみると、リストは20枚目が埋まるところで、後から来た人たちがそろそろお断りされております。
(ってことは、なんですかね?予約が入っていれば、食いっぱぐれることはなしと、そう思っていいのでしょうか?)
ふと、予約表の右上に目をやれば、「15時30分までに店にお戻りください」ってなことが書いてあるではありませんか…。昼の部はこの時間までということなんだなと、推測して、まずは写真展を見に行こうという作戦に切り替えました。

IZU PHOTO MUSEUMは、三島市内でなく長泉町にあるクレマチスの丘の中にあり、JR三島駅北口からシャトルバスが運んでくれます。向かう途中でザーザー雨が降って来てしまいました。こちらでアメリカの写真家テリ・ワイフェンバックの個展「The May Sun」が開催されておりました。

写真展をじっくりみて、三島に戻ると、もうすぐ2時。かなりお腹も空いてきました。きっと呼ばれるのは3時くらいだろうと予測をつけていたので、三島コロッケで小腹を作り、まだかなーって感じで「うなぎ桜家」さんに戻り、先ほどのおじさんに「呼ばれましたか?」って声をかけてみると、「あー○○さんね、ちょっと待ってね。…○○さんお戻りになりましたー」って店内のスタッフさんとウエアブルなトランシーバーでやり取り。「用意出来ているそうなので、いま呼びますから、そこで待っててください」と。
  おー、(。・w・。 ) (。・w・。 ) 

ほどなく店内に案内され、我らが注文したのは、各々「うなぎ重箱(2枚)3,750円」
であります。これかぁ〜〜、三島の鰻は。

ふんわり柔らか〜な、ぶ厚い身の蒲焼きに、ごはんが覆われております。
プリッとした歯ごたえとか無いの、本場の鰻ってこんなに柔らかいんですね。
タレもしょっぱすぎず甘すぎず、良い塩梅。山椒をふって食欲ましまし!
あやうく3枚のを奮発しそうになりましたが、我々の胃袋には2枚で十分でございました。
(コロッケ食べてなくても2枚で十分だったと思います…ぐるしっ)

今年はじめての鰻にありついて、ご満悦の虫六子。スタミナつきましたかー!?

お腹一杯で三島広小路をぶらついていると、町内会(?)の皆さんが櫓の組立中でした。ちょうどお盆の入り口で、夏祭りをやるんでしょうかね。

夕方まで少し時間があったので、せっかくだからもうちょっと足をのばしてみるかと、最近世界遺産になったという韮山反射炉まで行ってみることに。

正直に申しましょう、虫六、浅学につき「韮山反射炉」という文化史跡があったことも、これが世界遺産になっていたことも存じ上げず、今回、三島に来ることになって直前の予習に買った旅情報誌ではじめて知りました。( ̄◆ ̄;)
っていうか、行ってみたら想像より小さかった、です。

反射炉の脇にガイダンスセンターというのが出来ていて、そこで反射炉が作られた経緯とか、構造とか、世界遺産登録までのなんちゃらとか説明していました。

なんだか、つまりね、幕末に日本が開国しなければならないということになったときに、西洋列強諸国の軍事力に対抗できないから、ヨーロッパみたいな溶鉱炉で大砲とか砲丸とか作れるようにしとかないといかんということになったらしいです。その前の日本では、製鉄と言えば「たたら製鉄」が主流だった(もののけ姫に出て来たね)のが、明治に入って製鉄の技術はこのような西洋式に変わっていったそうです。

で、韮山反射炉が作られた理由は、どうやら100%「大砲を作るため」のようなのですが…
その目的が「平和のため」にという説明に置き換わっている不思議。

あのう、大砲って、戦争の道具ですよね?実際、このあとの日本って大陸に進軍したりして、戦争まっしぐらなんですよね?もう結果もでているのに…私の日本語の感性では、矛盾しているように思うんですが…。
でも、こういうレトリック、最近よく目にするように思うのは気のせいでしょうか???原発とか、憲法改正とか。

でも、茶畑からながめる伊豆長岡の景色は乙でした。天気がいまいちで、富士山が隠れていたのは残念でしたが、こちらの方角に富士山が見えるらしいです。

帰り道、虫六子が “電車みたいな” 電線を見つけました。

余談ですが、伊豆箱根鉄道は「ラブライブ!サンシャイン!!」ってアニメの聖地になっているらしいです(←虫六子に教えられた)。伊豆長岡駅はこんなことになっていて、マスコットをリュックにいっぱいぶら下げた男子が何人もうろうろしていました(笑)

【追伸】
なんかなー、やっぱりなーってことがあったんですね。この記事、後で知りました。

2017年9月12日火曜日

8月に読んだ本

8月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:762
ナイス数:23

新装版 手鎖心中 (文春文庫)新装版 手鎖心中 (文春文庫)感想
「バカだねー」と面白がって読み進めると、やがて哀れを通り過ごして怖くなる。『手鎖心中』は勘三郎さんが歌舞伎『浮かれ心中』に仕立てた作品で、…見ているはずなのにあまり覚えてませんでした。そんな分けではじめて読むような印象。『江戸の夕立ち』は江戸版ひょこりひょうたん島じゃないけど、どこまで行くんだよ〜おいおい的な面白さがあり。若旦那清之助の性、太鼓持ちの桃八の性、もうどっちもどっちで徹底的にしょうがない人たちだね、もう好きにおやり!って感じっなんだけど、でも憎めない愛嬌が作品の魅力でしょうか。
読了日:08月31日 著者:井上 ひさし

贋作・桜の森の満開の下贋作・桜の森の満開の下感想
野田歌舞伎「桜の森の満開の下」を拝見して、小劇場版「贋作・_」とどんな風に変えていたんだろうと興味を持って, Kindle版で読みました。Kindle版便利だなー。言葉遊びの充満した野田芝居、一回見たくらいでは煙に巻かれたみたいになってしまいます。しかも、歌舞伎演出のためにだいぶ改訂した…と伺っていたけれど、セリフにとても既視感があり、ほとんど変えていないんじゃないかと思うほどでした。いろいろお芝居の記憶が蘇ってきました。
読了日:08月20日 著者:野田 秀樹

桜の森の満開の下桜の森の満開の下感想
野田歌舞伎『桜の森の満開の下』をみて、まずは原作読んでみたいなと思い、青空文庫の内蔵版で読了。中世時代のあやかしが棲むような神秘性に加え、女の本性は鬼か…と底知れぬ怖さがありましたが、幼女の残忍性という面では他の作品にモデルがあったのかも。というわけで『夜長姫と耳男』も読まねば…と青空文庫の坂口安吾の書棚を検索したら、すごくぎっしり入っていて、読みたい作品いっぱいだ。
読了日:08月15日 著者:坂口安吾

おばちゃんたちのいるところ - Where the Wild Ladies Areおばちゃんたちのいるところ - Where the Wild Ladies Are感想
タイトルはM.センダックの「かいじゅうたちのいるところ」をひねったものみたい。どこか覚めていて、したたか(というか太々しくもある)女性たちの日常に、怪獣ならぬ物の怪や幽霊たちが明るく当たり前みたいに入り込む、ちょっと奇妙な短編集。幽霊が元気なおばちゃんだったり。それぞれのお話のモチーフが古典落語や歌舞伎だったりするところも、なかなか楽しめました。
読了日:08月14日 著者:松田 青子

読書メーター

2017年9月6日水曜日

夏休みレポート①_仙台から会津経由で浅草まで行ってみた。

いつもお世話になっているK老人が言うんですよ。
「虫六さん、会津から浅草まで直行便の電車が走っているの知ってるか?あれは一度乗ってみたほうがいい」と。
〵(=゚ω゚=;)/ なんですと!いきなり浅草に着くんですか?浅草に!

…なかなか東北にお住まいじゃない方はイメージしにくいかもしれませんが、新幹線を使わずに、仙台から“会津まわり”で東京に行くって、とお〜っても回り道、しかも決して安上がりでもないときて、二の足を踏んでいたんですが、夏休みに虫六子のところに行くついでに、思い立って実行してみることにしました。

虫六子の帰省に付き合うのに青春18きっぷ(5日間普通列車が乗り放題。特急には乗れないけれど、複数人で利用することも可能。もちろん大人でも使えます。)を持っていたので、行きの在来線はこれを利用することにして、時間節約のために、郡山までは新幹線を利用することにしました。仙台ー郡山新幹線Wきっぷを金券ショップのばら売りで購入。

郡山から先は、こんな行程でございます。

会津若松駅に着いたら、会津鉄道のリレー号が入って来ました。会津鉄道も初乗りなんですよね。…ん、ということは西若松から先は青春18きっぷは使えないのか…、出発前に車掌さんに声を掛けたら、浅草まで買った方がお得ですよと、車内補充券で発券してくれました。

よく知らないけど、もしかしてコレ、なかなかレアな車内補充券では?
検札の車掌さんに見せたら、「ほう」って顔をされたので、『銀河鉄道の夜』のジョバンニにでもなった気分でした。へへへ。まぁ、思い込みですけども。

お、映画『Railway』を地でいく見習い車掌さんだ。(さきほどの車掌さんとは別の方です。)

絶景かな、会津!
途中で降りてみたい駅が沢山ありました。

会津田島駅で乗り換え。待っていたのは『リバティ会津』。東武の新しい特急車両です。
実は、この列車、東武のホームページで指定の予約を入れたまではいいのですが、きっぷを受け取るのに、東武の旅行代理店か東武の駅でないと受け取れない上に、どちらか選ばなくてはならないのでした。で、S市で代理店があるのかどうかもわからないので、連絡時間が20分あるから、会津田島で受け取ればいいと思っていたのですが…。

駅について、調子よく写真なんか撮って、さあ予約した切符を受け取りに行こうとしたら、窓口は長蛇の列…うげげっ、しかも、地元のおじいちゃんとパソコン不慣れっぽい駅員さんがずーっと何やらやっていて、並んでいる人たちも相当イライラモード。
…そうこうしているうちに、『リバティ会津』の改札が始まってしまったよぉおおおお!!!!
で、そのおじいちゃんの対応が終わったら、「さぎに特急の人の分やっから、以外の人はあど」って。ひぃ。…そしたら3人くらいになって、汗汗。はやくぅ〜。

やっと順番がきまして、予約のプリントを出して指定特急券を買おうとしたら、「あれ?」って怪訝な感じになり、奥にいってパソコンに慣れた駅員さんを呼びにいっちゃった。
で、「あー出発15分前で、予約が取り消されちゃったねー」って。
まじかー ○|_| ̄ =3 ズコー これはオイラのせいなのか???

納得できないまま茫然としていると、「席に余裕があるから、指定取り直してやるから、浅草駅にいったら窓口で断ってください」と。
お盆繁忙期でしたが、逆コースだったのが幸いしてなんとかなりましたが。大丈夫なのか?これでいいのか?

こちらから『リバティ会津』を利用される際は、ネットではなく、旅行代理店で予約することをお薦めします。とりあえず。

なにわともあれ、ローカル線の旅番組にでるような駅弁(緑屋・松茸二段弁当)を食べながら三時間半の特急電車の旅。

鬼怒川温泉とか東武ワールドスクエアとか経由しながら、会津の景色を楽しむつもりが、前の座席を、通路を挟んで小さい子ども2人連れの母親と「おじちゃん」と呼ばれる男性1人のグループが(空いているのをいいことに)占領。なにやら複雑な人間関係なのかしら?「おじちゃん嫌い」とか「おじちゃんなんでそっちに座んの?」とかおこちゃまの声が響き渡っております。そして、そんな子どもを向こうの座席において、前の席で「おじちゃん」とイチャつく母親…とか。

なんで、この席…開放的な旅気分はたいぶ侵害され、東武のインターネット予約システムを恨む虫六でありました。

そうこうしているうちに、電車は住宅街に。都心に近づいて来たわいな。

なぜここに「クレヨンしんちゃん」のラッピング電車がいるの?と思ったら、ここは春日部駅でした。(*^-^)

あ、東京スカイツリーが見いる!浅草が近づいているよぉお。

でかっ!東京スカイツリーでかっ!先端が雲に隠れております。

いやはや、本当に浅草に着いちゃいましたよ。
嘘じゃなかった。

東武の駅、こんな風景だったのは知ってましたが、いま自分が会津からやってきて着いた駅かと思うと、感慨深いものがあります。

浅草寺に「おかげさまで着きました」とご報告。(* ̄ー ̄*)
お盆でも観光客で賑わう浅草よ。

で、この日の本来の目的地は、実は三軒茶屋の世田谷パブリックシアター。
ぎりぎりでしたー!
「杉本文楽・女殺油地獄」ね。この話はまた。

後日談)
仙台に帰ってから、会津ー浅草の旅についてK老人に報告したところ、
K「なに、虫六さん本当に行ったのか!?偉いなぁー、すごいなぁー」
虫「すごいなぁーって、Kさんもやったんでしょ?」
K「いや、俺は鬼怒川温泉までしか行ったことないの」
虫(人に勧めといて、まだ未踏だったんかーい!(*`ε´*)ノ)